1 はじめに
後見開始申立事件における鑑定について説明いたします。
2 家事事件手続法の規律
民法7条によれば、「精神上の障害により事理を弁識する能力を欠く常況にある者については、家庭裁判所は、本人、配偶者・・・の請求により、後見開始の審判をすることができる。」とされています。
また、家事事件手続法119条1項によれば、「家庭裁判所は、成年被後見人となるべき者の精神の状況につき鑑定をしなければ、後見開始の審判をすることができない。ただし、明らかにその必要がないと認めるときは、この限りでない。」とされています。
このように、後見開始の審判は「精神上の障害により事理を弁識する能力を欠く常況」と認められる場合に行われることとなります。そして、その判断は原則として鑑定により行うものとされており、例外として明らかにその必要がないと認めるときは鑑定不要となります。
以下では、近時の審判例を2つ紹介します。
3 東京高決令和5年11月24日
1 事案の概要
原審は、抗告人について精神の状況に関する鑑定を行う旨の決定をしました。これに対し抗告人は鑑定を受けることを拒否する陳述書を提出しました。そのため、原審は、診断書の記載を考慮するなどして、明らかに鑑定の必要がないとして、鑑定を実施することなく後見を開始しました。
抗告審は、以下のとおり鑑定を実施する必要があったとして家事事件手続法119条1項に違反すると判断し、原審に差し戻したとしても抗告人が鑑定を実施することは困難であるとして申立て却下しました。
2 判旨
「確かに、本件診断書には、・・抗告人には一定の意思能力があることを窺わせる記載もあることが認められる。」
「・・調査面接時における抗告人の言動は、・・ある程度筋の通った受け答えをすることも可能な状態であったことが認められる。」
「以上によれば、・・抗告人については、限定的ではあるものの一定程度の意思能力がある可能性があり、少なくとも、鑑定の必要がない程に「精神上の障害により事理を弁識する能力を欠く常況にある者」(民法7条)に当たることが明らかであるとは認められない。」
「しかるに、原審は、本人の精神の状況について鑑定をしないまま、本人について後見開始の審判をしており、家事事件手続法119条1項に違反するというほかはない。この場合、家事事件手続法上必要な手続を履践していないことを理由に本件を原審に差し戻すことも考えられるが、・・抗告人は、①原審において、自らは至って健康であり鑑定は全く不要である旨の陳述書を提出し、鑑定を受けることを強く拒否したこと、②その後、家裁調査官による調査面接では鑑定に応じる旨述べたものの、結局鑑定には応じなかったこと、③当審においても、鑑定に応じる意向を示さず、別紙即時抗告理由書においても、本件を原審に差し戻すのではなく、原審判を取り消して本件申立てを却下するよう強く求めていることが認められ、これらの事情に鑑みると、本件を原審に差し戻しても、抗告人について鑑定を実施することは困難であると考えられる。」
「以上によれば、本件を原審に差し戻すのは相当でなく、本件申立てを却下するのが相当である。」
4 東京高決令和5年3月20日
1 事案の概要
本人の財産を事実上管理していた長男は、調査官の親族照会に対し、「自身で法律行為や財産管理をする判断能力はないと思う。」「本人の診断書の提出にも鑑定にも協力できない。」と回答していました。
調査官は、上記回答を受けて、長男の意向を確かめるため電話連絡をしたり、調査期日を指定して裁判所に出頭を要請しましたが、それでも協力を得られませんでした。そこで、調査官は、本人が利用中の特別養護老人ホームに電話連絡をしましたが、長男が同意しなかっため、施設の協力も得られませんでした。
そこで、原審は、鑑定を実施できないため、本人を「精神上の障害により事理を弁識する能力を欠く常況にある者」と認めることができないとし、後見開始の審判を行いませんでした。
2 判旨
「以上の事実によれば、本人については、平成22年に認知症の診断を受けた後、認知機能障害が進行し、平成29年6月頃の時点で、既に意思疎通が困難な状態であり、長谷川式簡易知能評価スケールによる検査結果も30点中1点にとどまったこと、令和2年8月の時点では、認知症の進行により記憶力、見当識、理解・判断力のいずれも高度に障害された状態で、意思の伝達もほとんどできない状態であったこと、現在に至るまで、本人について上記の状態の変化をうかがわせる事情はないことが認められる。したがって、本人については、精神上の障害により事理を弁識する能力を欠くという後見開始の原因が存在する可能性が高いが、本人が利用する介護サービスの契約者であり、本人の財産を管理し抗告人からその財産管理に問題がある旨を主張されている長男が協力しないことにより、後見開始の審判をするために必要な本人の精神の状況の鑑定(家事事件手続法119条1項)や本人の陳述聴取(同法120条1項1号)ができない状況にある。長男は、自ら、本人が自身で法律行為や財産管理をする判断能力がないと思う旨の意見を述べているにもかかわらず、上記手続に協力しないことからすれば、本人の精神上の障害の程度は、後見開始の審判をすることが相当な状態にあるが、同審判がされて成年後見人が選任される可能性が高く、その場合には、当該成年後見人から、抗告人が主張するような財産管理上の問題点を追及されることを恐れて非協力を続けている可能性も相応にあるといわざるを得ない。」
「したがって、現時点の資料によっては、本人について、後見開始の原因があるとまで断定することはできず、後見開始の審判をするに当たり明らかに鑑定の必要がない場合(家事事件手続法119条1項ただし書)や、本人の心身の障害によりその陳述を聴くことができない場合(同法120条ただし書)に当たるとまで断ずることもできないから、本件については、長男に対して改めて手続への協力を求めた上で、後見開始の原因の有無や、鑑定及び本人の陳述聴取の要否を審理判断すべきである。その結果、後見開始の審判をすることが相当である場合には、更に成年後見人選任の手続を尽くす必要がある。これらの手続は、家庭裁判所において行うことが相当であるから、所要の審理を尽くさせるため、原審判を取り消し、本件を原審に差し戻すのが相当である。
もっとも、裁判所が、改めて長男に対して手続への協力を求めたにもかかわらず、長男がこれに協力しない対応を続ける場合には、そのような事情をも手続の全趣旨として斟酌し、前記の事情が認められる場合においては、本人について後見開始の原因を認定するとともに、明らかに鑑定の必要がなく、本人の心身の障害によりその陳述を聴くことができない場合に当たると認定することも許されるというべきである。」
5 最後に
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