1 はじめに
若年の労働者が、交通事故に遭い、後遺障害が残った場合、後遺障害逸失利益が問題となります。また、亡くなってしまった、死亡逸失利益が問題となります。
逸失利益を計算する場合、基礎収入額の算定することが必要になってきます。そこで、以下では、若年の労働者の基礎収入の算定について裁判例を引用しながら説明していきます。
2 基礎収入の計算方法
1 原則
基礎収入額は、事故前年の現実収入額になります。
2 例外
事故前の現実収入額が平均賃金を下回っていても、被害者が将来において平均賃金を得られる蓋然性が認められれば、基礎収入額は平均賃金額で計算します。
将来おいて平均賃金を得られる蓋然性は、次の要素を考慮して判断することになります。
①被害者の年齢
②学歴、資格
③事故前の現実収入や平均賃金以上の収入得ていた実績
などを総合考慮しています。
以下では、参考となる裁判例を考慮要素ごとに確認していきます。
3 被害者の年齢
さいたま地判令和3年12月21日(自動車保険ジャーナル2113号掲載)では、被害者は本件事故時点で30歳でした。被害者は、基礎収入を「賃金センサス令和元年第1巻第1表の産業計・企業規模計・学歴計・女性労働者の全年齢平均の賃金額388万0100円」と主張していました。
裁判所は、以下のとおり、被害者を「若年者とはいえない」とし、休業損害を年収に換算した217万円9050円を基礎収入としました。
「・・原告の休業損害の日額は5970円であり、これは労災給付のために本件事故前の収入を勘案して求められた金額と考えられるので、本件事故前の原告の収入は、これを年収に換算した217万9050円程度であると認められるから、この金額をもって逸失利益の基礎年収とする。
この金額は、賃金センサス令和元年第1巻第1表の産業計・企業規模計・学歴計・女性労働者の全年齢平均の賃金額388万0100円と比較すると低い金額であるが、本件事故時点で原告は若年者とはいえない(30歳)ことや、・・原告の既往症も考慮すると、低すぎて不当であるとはいえない。」
4 学歴、資格
1 横浜地判令和3年7月30日(自動車保険ジャーナル2105号掲載)
被害者(24歳)は、生命科学技術に関する専門学校を卒業後、本件事故当時はバイオなどを中心とする研究業務に従事していました。本件事故前年の被害者の年収は184万2976円でした。
裁判所は、「基礎収入は、原告の年齢や学歴を踏まえ、・・賃金センサスの女性学歴計全年齢平均額である377万8200円(原告の主張する基礎収入)とするのが相当」としました。
2 横浜地判令和4年3月28日(自動車保険ジャーナル2125号掲載)
被害者は、事故当時27歳、大卒の女性で、事故前年の年収は307万7030円でした。
裁判所は、以下のとおり、事故前年の平成29年賃金センサス女子大卒全年齢平均賃金である460万3300円としました。
「原告X1の最終学歴が大学卒業であること及び本件事故時、原告X1が27歳と若年であることからすれば、本件事故発生の前年である平成26年の原告X1の収入が307万7030円(甲16)であったとしても、原告X1の基礎収入は、平成29年賃金センサス女子大卒全年齢平均賃金である460万3300円とするのが相当である。」
3 大阪地判令和2年2月26日
原告は、24歳の准看護師(女性)でした。被告側は、基礎収入を平成26年賃金センサス・女性・学歴計・全年齢平均賃金である364万1200円であると主張していました。これに対し、裁判所は、以下のとおり、基礎収入を、賃金センサスの准看護師(産業計・企業規模計・男女計)・全年齢平均賃金としました。
「本件事故日・・の前年度・・の年間所得は385万2721円であったことが認められる。そして、Fは、死亡時の年齢が24歳と若年であり、准看護師の資格を保有して准看護師として現に就業していたことからすると、Fの基礎収入が、平成27年賃金センサス・准看護師(産業計・企業規模計・男女計)・全年齢平均賃金である396万7300円を下ることはない。」
4 名古屋地判平成29年12月19日
原告(本件事故時21歳、症状固定時25歳)は、高校中退後、塗装や防水等のアルバイトをしており、本件事故当時は、正社員としてスプリンクラー設置の仕事をしていました。
裁判所は、以下のとおり、原告の資格を考慮するなどし、基礎収入を男子学歴計の全年齢平均賃金としました。
「また、・・原告は、本件事故当時、高所作業車(2~10m未満)の資格を有しており、クレーン運転特別教育及び玉掛特別教育(1t未満)を修了していたことが認められる」
5 事故前の現実収入や平均賃金以上の収益を得ていた実績
1 徳島地判令和3年10月8日(自動車保険ジャーナル2112号掲載)
被害者は、事故時の年齢は27歳なので若年の部類に入りますが、事故前の収入額が平均賃金の2分の1以下だったことから、基礎収入を平均賃金ではなく200万円としました。
「原告(注:女性)の給与収入は、27歳の時点において、賃金センサス(女学歴計25から29歳)の半分以下の約151万円であったのであるから、従前の2倍以上の約371万円(注:女子学歴計の全年齢平均賃金)の給与収入を得られる蓋然性が原告にあったとまでは認められない」とし、200万円の限度で基礎収入を認めました。
2 名古屋地判平成29年12月19日(前掲)
原告は、本件事故時21歳、症状固定時25歳と若年であり、賃金センサスの平成24年・男子労働者・学歴計・20歳~24歳の平均賃金(311万5500円)相当の収入を得ていました。
裁判所は、以下のとおり、賃金センサスの平成24年・男子労働者・学歴計・全年齢平均賃金の529万6800円を基礎収入としました。
「事故前年の給与所得は314万6000円、事故前3か月分の給与の月額平均は30万2666円(年額換算すると363万1992円)である。これに対し、賃金センサスの平成24年・男子労働者・学歴計・20歳~24歳の平均賃金は、311万5500円であるから、原告は、本件事故時、少なくとも賃金センサスの男子労働者・学歴計の平均賃金相当の収入を得ていたといえる。」
「このような原告の稼働状況、収入額及び年齢等に鑑みると、被告の主張する点を踏まえても、原告の基礎収入につき、賃金センサスの平成24年・男子労働者・学歴計・全年齢平均賃金の529万6800円を基礎とするのが相当である。」
3 大阪地判令和3年12月16日(自動車保険ジャーナル2115号掲載)
被害者(事故当時23歳)は、高等学校を卒業後、20歳で専門学校を卒業しました。同専門学校卒業後に就職したが、その後2回ほど転職した後、平成27年10月頃に特殊印刷の会社に技術職として就職し、同年12月21日から本採用となりました。
被害者の事故当時の給与収入は270万8286円でした。これに対し、事故当時の賃金センサス男子学歴計20~24歳の平均賃金は、325万8300円でした。また、事故当時の賃金センサス男子高卒20~24歳の平均賃金は、327万4900円でした。
そこで、被告側は、「被害者の基礎収入は、事故前の現実収入によるべきである。仮に賃金センサスを用いるとしても、高卒男子の全年齢の平均賃金によるべきである。」と主張しました。
裁判所は基礎収入を次のとおり高卒男子の全年齢の平均賃金としました。
「これらの亡Eの収入、学歴及び職歴等に照らすと、亡Eが、平成28年賃金センサス男子全年齢学歴計の平均賃金である549万4300円の収入を得られた蓋然性があるとは認め難いが、亡Eは本件事故当時23歳と若年であること、亡Eの上記収入は株式会社Rに就職後1年目の給与額であることを考慮すれば、亡Eの基礎収入は、平成28年賃金センサス全年齢男子高校卒の平均賃金である469万3500円と認めるのが相当である。」