1 はじめに
近年、働き方の多様化が進み、雇用契約以外の形態によって、仕事を委託する会社が増えています。典型的には、会社と個人との間で業務委託契約を締結するというものです。個人にとって、業務委託契約で仕事を引き受けることは、労働基準法などの労働関係法令が適用されず、個人は不安定な地位に置かれることになります。他方で、会社にとって、業務委託契約は、雇用契約と比較して、労働保険や社会保険の保険料等の負担が少なくて済む点ではメリットがありますが、業務委託契約の名を借りて、個人を雇用する場合には、後に紛争になった場合、形式的には業務委託契約だったとしても、その実態が雇用契約であったことを理由に個人から割増賃金や残業代を請求されるおそれがあります。そのため会社は雇用契約と業務委託契約の区別をし、雇用契約の名を借りて業務委託契約をすることがないよう、十分注意する必要があります。
2 「労働者」とは
労働基準法第9条では、「労働者」を「事業又は事務所に使用される者で、賃金を支払われる者をいう」と規定しています。この「労働者」を判断する2つの基準を総称して「使用従属性」と呼びます。「使用従属性」が認められるかどうかは、請負契約や委任契約といった契約の形式や名称にかかわらず、契約の内容、労務提供の形態、報酬その他の要素から、個別の事案ごとに総合的に判断されます(厚生労働省ウェブサイト)。
○ 労働が他人の指揮監督下において行われているかどうか、すなわち、他人に従属して労務を提供しているかどうか
○ 報酬が、「指揮監督下における労働」の対価として支払われているかどうか
したがって、契約書の名称だけで契約の内容は決まることはなく、その実体を精査する必要があります。
3 裁判例の紹介
労働者性が争われた事案として、未棟工務店事件(大阪地裁判決H24年9月28日労判1063号5頁)を解説します。この裁判では、会社が業務委託をした個人に対し、事務所を貸与し、「基本給」及び「外注費」を支払っていた事案です。個人が取引先とトラブルを起こしたため、会社が「外注費」(月額15万円)をカットしたところ、個人が雇用契約が成立し、減額前の賃金等を支払うべきと主張した事案です。裁判所は、この事例において、雇用契約の成立を否定しました。裁判所の判断基準と各基準ごとの判断の内容は次のとおりです。
⑴ 裁判所が示した労働者性の判断基準
大阪地裁は、労働者性について「原告と被告との間の契約が雇用契約といえるか否かは,単に契約の形式(文言)のみによって決すべきではなく,仕事依頼への諾否の自由,業務内容や遂行の仕方についての裁量の有無・程度,勤務場所や勤務時間の拘束の有無等,諸般の事情を考慮して,原告と被告との間に指揮命令関係が認められるか否かという実質によって判断すべきであり,支払われる報酬が賃金に当たるか否かの判断に当たっては,その額,計算方法,支払形態において従業員の賃金と同質か否か,源泉徴収,雇用保険等加入の有無等が参考となる。」と判断基準を示しました。
⑵ 仕事依頼への諾否の自由、業務内容や遂行の仕方についての裁量の有無・程度等について
この事案では、個人がIT業務の委託を受けていたところ、会社は工務店で全く素人であり、会社から個人に対し業務に関し具体的な指示を出していた事実は認定されませんでした。また、事業計画書内で、会社を親会社、個人を子会社位置づけており、当事者の間で、個人が会社から独立した事業主体であるとの共通認識があり、当事者間に指揮命令関係が存在しなかったことを強く推認させるとも判示しています。
⑶ 勤務場所や勤務時間の拘束の有無等
個人の勤務場所について、会社は、会社の事務所とは別に個人のために倉庫・ガレージを賃借して事務所を用意し、個人は同事務所を自由に使用することができたことが認められ、裁判所は、当該個人が会社の他の従業員とは明らかに異なる取扱いを受けていると評価しています。
⑷ 報酬額の決定方法等について
報酬額の決定方法について、裁判所は「一般に,従業員ではない下請けの個人事業者等について,雇用保険等に加入するために賃金という体裁を取る事例も存在することなどに照らすと,本件合意に至る経緯については,原告が月額30万円の資金援助と雇用保険等への加入を求めたのに対し,被告が,月額15万円のみについてこれを受け入れ,残り15万円については将来の減額もあり得るものとして「外注費」名目としたとの被告代表者の供述の方が,信用性が高いというべきである。(中略)そうすると,法律の素人である被告代表者が,「外注費」名目の15万円の法的性質についてうまく説明できないからといって,この15万円の法的性質が雇用契約に基づく賃金であるということはできない。」と判断しました。
4 まとめ
紹介した裁判例では労働者性が否定されましたが、以上の通り、会社が、個人に対し、指揮命令関係を有し、労働者のように勤務時間や勤務場所を拘束する場合、契約の名目に関わらず雇用契約と認定され、残業代の支払義務が発生したり、各種保険料の支払義務が発生するおそれがあります。そのため、業務委託契約を締結する際には、雇用契約との差異に注意して契約を締結する必要があります。