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コラム:破産管財人の担保価値維持義務及び善管注意義務違反が問題となった裁判例

2024.06.19
1 はじめに

破産管財人が、破産者の賃借していた物件について、破産開始決定後の賃料等を支払わず、その後同物件の賃貸借契約を合意解除する際、賃貸人との合意に基づき、敷金返還請求権相当額のほぼ全額を未払賃料等に充当する処理をしたことにより、敷金返還請求権のほぼ全額が消滅し、同請求権に質権を有していた質権者(同質権の被担保債権の譲受人)がその優先的弁済権を侵害され、損害を被ったといえるかが問題となった最判平成18年12月21日を紹介します。

 

2 判旨
1 原審

原審は、「敷金に対し絶対的な優先弁済権を有するのは賃貸借契約の賃貸人であり、敷金返還請求権の質権者は、敷金について賃貸人が有する被担保債権の充当後の残額についてのみ優先弁済権を有するにすぎない。」、「・・賃貸借関係は、賃料等の不払があっても賃貸人が直ちに契約を終了させるとは限らないのであるから、本件銀行5社は、本件質権設定契約当時、債権担保の目的としては、破産会社(質権設定者)と住友不動産との賃貸借関係に依存した実際上不確定な停止条件付債権であることを前提として、上記の敷金返還請求権を質物としたものといわなければならない。」とし、破産管財人の担保価値保存義務及び善管注意義務違反を認めませんでした。これに対し、最高裁は、破産管財人の担保価値保存義務は認め、善管注意義務違反を認めませんでした。

 

2 担保価値保存義務違反の件

【一般論】
「債権が質権の目的とされた場合において、質権設定者は、質権者に対し、当該債権の担保価値を維持すべき義務を負い、・・・当該債権を消滅、変更させる一切の行為その他当該債権の担保価値を害するような行為を行うことは、同義務に違反するものとして許されないと解すべきである。そして、建物賃貸借における敷金返還請求権は、賃貸借終了後、建物の明渡しがされた時において、敷金からそれまでに生じた賃料債権その他賃貸借契約により賃貸人が賃借人に対して取得する一切の債権を控除し、なお残額があることを条件として、その残額につき発生する条件付債権であるが・・・、このような条件付債権としての敷金返還請求権が質権の目的とされた場合において、質権設定者である賃借人が、正当な理由に基づくことなく賃貸人に対し未払債務を生じさせて敷金返還請求権の発生を阻害することは、質権者に対する上記義務に違反するものというべきである

「また、質権設定者が破産した場合において、質権は、別除権として取り扱われ(旧破産法92条)、破産手続によってその効力に影響を受けないものとされており(同法95条)、他に質権設定者と質権者との間の法律関係が破産管財人に承継されないと解すべき法律上の根拠もないから、破産管財人は、質権設定者が質権者に対して負う上記義務を承継すると解される。
そうすると、被上告人は、プロモントリアに対し、本件各賃貸借に関し、正当な理由に基づくことなく未払債務を生じさせて本件敷金返還請求権の発生を阻害してはならない義務を負っていたと解すべきである。」

【あてはめ】
「以上の見地から本件についてみると、本件宣告後賃料等のうち原状回復費用については、賃貸人において原状回復を行ってその費用を返還すべき敷金から控除することも広く行われているものであって、敷金返還請求権に質権の設定を受けた質権者も、これを予定した上で担保価値を把握しているものと考えられるから、敷金をもってその支払に当てることも、正当な理由があるものとして許されると解すべきである。他方、本件宣告後賃料等のうち原状回復費用を除く賃料及び共益費(以下、これらを併せて「本件賃料等」という。)については、前記事実関係によれば、被上告人は、本件各賃貸借がすべて合意解除された平成11年10月までの間、破産財団に本件賃料等を支払うのに十分な銀行預金が存在しており、現実にこれを支払うことに支障がなかったにもかかわらず、これを現実に支払わないで住友不動産との間で本件敷金をもって充当する旨の合意をし、本件敷金返還請求権の発生を阻害したのであって、このような行為(以下「本件行為」という。)は、特段の事情がない限り、正当な理由に基づくものとはいえないというべきである本件行為が破産財団の減少を防ぎ、破産債権者に対する配当額を増大させるために行われたものであるとしても、破産宣告の日以後の賃料等の債権は旧破産法47条7号又は8号により財団債権となり、破産債権に優先して弁済すべきものであるから(旧破産法49条、50条)、これを現実に支払わずに敷金をもって充当することについて破産債権者が保護に値する期待を有するとはいえず、本件行為に正当な理由があるとはいえない。そして、本件において他に上記特段の事情の存在をうかがうことはできない
以上によれば、本件行為は、被上告人がプロモントリアに対して負う前記義務に違反するものというべきである。」

 

3 善管注意義務違反の件

【一般論】
「破産管財人は、職務を執行するに当たり、総債権者の公平な満足を実現するため、善良な管理者の注意をもって、破産財団をめぐる利害関係を調整しながら適切に配当の基礎となる破産財団を形成すべき義務を負うものである(旧破産法164条1項、185条~227条、76条、59条等)。そして、この善管注意義務違反に係る責任は、破産管財人としての地位において一般的に要求される平均的な注意義務に違反した場合に生ずると解するのが相当である。

【あてはめ】
「この見地からみると、本件行為が質権者に対する義務に違反することになるのは、本件行為によって破産財団の減少を防ぐことに正当な理由があるとは認められないからであるが、正当な理由があるか否かは、破産債権者のために破産財団の減少を防ぐという破産管財人の職務上の義務と質権設定者が質権者に対して負う義務との関係をどのように解するかによって結論の異なり得る問題であって、この点について論ずる学説や判例も乏しかったことや、被上告人が本件行為(本件第3賃貸借に係るものを除く。)につき破産裁判所の許可を得ていることを考慮すると、被上告人が、質権者に対する義務に違反するものではないと考えて本件行為を行ったとしても、このことをもって破産管財人が善管注意義務違反の責任を負うということはできないというべきである。そうすると、被上告人の善管注意義務違反を理由とする旧破産法164条2項、47条4号に基づく損害賠償請求を棄却した原審の判断は、結論において是認することができる。論旨は理由がない。」

 

4 補足意見

「本件は、破産管財人が負う上記の各義務、すなわち、破産債権者のために破産財団の減少を防ぐという職務上の義務と破産者である質権設定者の義務を承継する者として質権者に対して負う義務とが衝突する場面において、破産管財人がいかに適正に管財業務を処理するかの問題であり、・・・」

「本件は、相反する義務のいずれを優先させるかという困難かつ微妙な判断の当否が問われたものであるところ、条件付債権に対する質権の効力について論ずる学説や判例も乏しく、また、このような質権の破産手続上の取扱いについて法的な整備もなされていないことや、破産管財人は、本件行為につき破産裁判所の許可を求めており、破産裁判所がこれを許可していること等の事情を考慮すれば、破産管財人の上記行為を善管注意義務に違反する行為であるとまでは評価できないのである。」

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