1 はじめに
全ての財産の「まかせる」と記載された自筆証書遺言について、一審は「まかせる」とは遺贈の趣旨であると判断したのに対し、控訴審は遺贈ではないと判断した裁判例を紹介します。
2 東京高判昭和61年6月18日
「次に、前記遺言が本件土地を訴外人に遺贈する趣旨を含むものであるか否かにつき検討するに、〈証拠〉によると、本件遺言書には丙野家の財産は全部訴外人に「まかせます」との記載があるけれども、「まかせる」という言葉は、本来「事の処置などを他のものにゆだねて、自由にさせる。相手の思うままにさせる。」ことを意味するにすぎず、与える(自分の所有物を他人に渡して、その人の物とする。)という意味を全く含んでいないところ、本件全証拠によつても一郎の真意が訴外人に本件土地を含むその所有の全財産を遺贈するにあつたと認めるには足りない。」
「・・一郎が訴外人に結婚を申し込んだものの、訴外人において年老いた母親の面倒をみていたことなどから実現するに至らず、同棲はもちろん婚姻届出もしておらず・・、せいぜい訴外人が時折一郎のもとを訪れて身辺の世話をするという関係に止どまつていたにすぎず、一郎がその所有にかかる全財産を遺贈してでも感謝の気持ちを表すのが当然であるといえるような関係にあつたものではないこと、・・・他方、控訴人は一郎の一人娘であつて他に一郎の相続人はおらず、控訴人が一郎の反対を押し切つて結婚したことがあり、また昭和四五年ころから一郎と別居していて親子関係が必ずしもしつくりいつていなかつた面があつたものの、全くの断絶状態にあつたわけではなく、一郎の孫である控訴人の長男夏彦とは何らのわだかまりもない交流があり、控訴人も時々は一郎宅を訪れ、なにくれとなくその身の回りの世話をしていたことなどからしても、実の娘に何らの財産も遺さないような遺言をするような状況にはなかつたことが認められ〈る。〉右認定の事実関係によると、一郎が本件遺言によつて本件土地を含む全財産を訴外人に遺贈する意思を表示したものと認めることは困難である。」
3 最後に
裁判所は、遺言者と受遺者とされる者との間の関係性(遺言者が全ての遺産を遺贈するほどの関係にあったといえるのか)、遺言者と相続人との間の関係性(遺言者は相続人に一切の財産を相続させないと考えていたのか)などを詳細に検討し、「まかせる」の趣旨は遺贈の趣旨ではないと判断しました。したがって、具体的な事案によっては「まかせる」は遺言の趣旨であったと解釈される余地があると思われます。