1 はじめに
個人再生の申立ては、「不当な目的で再生手続開始の申立てがされたとき、その他申立てが誠実にされたものでないとき」は棄却されることになります(民事再生法25条4号)。以下、この要件該当性が問題となり、原審が申立てを棄却したのに対し、抗告審がこれを差し戻した裁判例を紹介します。
2 東京高決令和3年11月9日
1 一般論
「・・・法25条が棄却事由を消極的要件の形で規定しているのは、経済的窮境に陥った債務者の再建を早期に図るため再生手続開始の決定は可及的速やかに行われる必要があり、そのための調査・認定も迅速に行うことが要請されるためであると解される。そうすると、同条は、上記法の目的を達するため、法21条の開始原因を充足する場合であっても、なお再生手続を開始するのが相当とはいえない例外的な場合について棄却事由を定めたものと解され、取り分け、同法25条4号は、同条1号ないし3号の具体的な棄却事由を定めた規定に引き続く補充的・包括的規定であるから、同条4号の要件は限定的に解釈するのが相当である。以上のような法1条の目的、法21条と25条との関係や、法25条4号の文言及び趣旨等に照らすと、同号所定の「不当な目的で再生手続開始の申立てがされたとき、その他申立てが誠実にされたものでないとき」とは、真に再生手続の開始を求める意思や再生手続を進める意思がないのに、専ら他の目的(一時的に債権者からの取立てを回避して時間稼ぎを行ったり、その間に資産の隠匿を図ったりすること等)の実現を図るため、再生手続開始の申立てをするような場合など、申立てが上記のような再生手続本来の目的から逸脱した濫用的な目的で行われた場合をいうものと解するのが相当である。」
2 悪意で加えた不法行為に基づく相当額の損害賠償債務を負っていること
「認定事実によれば、本件再生債権の約90%を占める個人債権者らの債権には、わいせつ行為や貞操権侵害を原因とする損害賠償請求権のほか、いわゆるマッチングアプリ等で知り合って関係を持った相当数の女性からの借入れを含むものであって、その中には、婚姻の事実の有無や勤務先、借入れの目的等について虚偽の事実を述べて借り入れたものも含まれていることが認められるから、本件再生債権の中には、悪意で加えた不法行為に基づく損害賠償請求権が相当額あることがうかがえる。」
「しかし、悪意で加えた不法行為に基づく損害賠償請求権については、再生計画において減免の定めをすることはできず、再生計画に基づく弁済が終了した後に残額を弁済しなければならないとされている(法229条3項1号、232条4項、5項、244条)。
したがって、抗告人が悪意で加えた不法行為に基づく相当額の損害賠償債務を負っているからといって、本件再生手続開始の申立てが、その支払を免れる目的で行われたと認めることはできず、専ら他の目的の実現を図るため、濫用的な目的で行われたものであると推認することはできない。」
3 破産・免責手続における免責不許可事由に該当する可能性のある事実が認められること
「認定事実によれば、抗告人は、平成25年10月から弁護士に債務整理を依頼していたところ、その直後頃から個人債権者らから借入れ等を行うようになったことに照らせば、弁護士が介入して支払を停止したことにより消費者金融等からの借入れができなくなったことを契機に、弁済が困難な状況にあるにもかかわらず、そのことを告げないまま個人債権者らから借入れを行うようになったことがうかがわれ、そして、これらの個人債権者らに対する債務の弁済もできなくなり、任意整理段階で、複数の個人債権者らから債権放棄を受けたにもかかわらず、更に借入れを継続したことが認められる。これらの事実の多くが、個人再生委員による調査(※1)や、裁判所による補正の促し(※2)の結果判明したものであること(手続の全趣旨)、総負債額が約2742万円と大きく、具体的な使途も不明な部分があることを考慮すると、仮に、抗告人について、破産手続開始及び免責許可の申立てがあった場合には、上記のような事実が免責不許可事由(破産法252条1項4号、5号、8号等)に当たり、抗告人について免責不許可となる可能性は否定できない。」
「しかし、破産・免責手続においては、上記のような事実があったとしても、当然に免責不許可決定がされるものではないし(同法252条2項参照)、再生債務者が悪意で加えた不法行為に基づく損害賠償請求権については減免の定めをすることができないことは前記のとおりであり、抗告人が、破産・免責手続における免責不許可決定を殊更回避する目的で本件再生手続開始の申立てを行ったとまで認めるに足りる資料はない。したがって、抗告人に、破産・免責手続における免責不許可事由に該当する可能性のある事実が認められるからといって、本件再生手続開始の申立てが、再生手続本来の目的から逸脱した濫用的な目的で行われたものであると推認することはできない。」
※1
原審は、個人再生委員を選任し、その職務として、①抗告人の財産及び収入の状況を調査すること、②抗告人が適正な再生計画案を作成するために必要な勧告をすることを指定していた。
※2
申立てが3月6日、個人再生委員が選任されたのが6月18日なので、約3か月の間に、裁判所から申立代理人に対し何度か補正の指示がなされたものと思われる。
4 再生手続を進めることについて同意していない債権者が存在し、再生計画に基づく弁済の可能性が必ずしも高くないなどの事情が認められること
「認定事実によれば、抗告人は、平成25年10月に弁護士に債務整理を依頼して支払を停止したにもかかわらず、本件再生手続開始の申立て時に十分な財産を形成できておらず(※1)、住民税等の一般優先債権も滞納しているほか(※2)、月々の家計状況の収支も余剰に乏しく(※3)、しかも、個人債権者らの中には、再生手続を進めることに同意していない者がいることが認められる。そうすると、本件再生手続において、再生計画案の作成やその可決には一定の困難が伴うことが予想され、仮に再生計画案が作成されたとしても、その履行可能性は必ずしも高いとはいい難い。」
【再生計画に基づく弁済を行う意思や能力がないとまで認めることはできないこと】
「しかし、再生計画案の作成や可決に困難を伴い、また、再生計画に基づく弁済の可能性が必ずしも高くないからといって、直ちに本件再生手続開始の申立てが濫用的な目的等で行われたものであることを推認させるものではないし、・・・現時点では、安定的かつ継続的に働くことができる職場に就職して、比較的高額(月額40万円台後半)の給与収入を得ており、今後の再生計画案の作成や再生計画に基づく弁済に向けて、家族とも話し合った上で、生活環境を整えて家計を見直すとともに、義母からも子らの学費や食費の援助を受ける約束を取り付けるなどしていることが認められる(※4)。したがって、抗告人において、これまで全く弁済をしていない債権者がおり、現時点で十分な資産形成ができていないことを勘案しても、本件再生債権について、再生計画に基づく弁済を行う意思や能力がないとまで認めることはできない。
【現時点で再生計画案の作成若しくは可決の見込み又は再生計画認可の見込みがないことが明らかではないこと】
「また、抗告人代理人による債権者の意向調査の結果によれば、合計30名余りの本件再生債権の債権者のうち、抗告人が再生手続を進めることについて、明確に「反対」の意見を述べている者は1名にすぎず、現時点で再生手続を進めることについて同意していない債権者も、今後の手続の進行等の事情の推移によって、その意向に変更が生じる余地がないとはいえないし、再生手続において、債権者の再生手続の進行等に関する意向は、最終的には議決権行使等を通じて手続に反映されるべきものであることを考慮すると、現時点で再生計画案の作成若しくは可決の見込み又は再生計画認可の見込みがないことが明らか(法25条3号)ということはできない。
【まとめ】
「したがって、現時点おいて、本件再生手続を進めることについて同意していない債権者が存在し、再生計画に基づく弁済の可能性が必ずしも高くないなどの事情が認められるからといって、本件再生手続開始の申立てが、再生手続本来の目的から逸脱した濫用的な目的で行われたものであると推認することはできない。」
※1
抗告人の本件再生手続開始の申立て時の財産は、手持ち現金が2000円、預貯金残高が512円であり、それ以外に清算価値として計上すべき財産は、居住している賃借建物の敷金のみであった。
※2
住民税38万円を滞納しており、滞納処分庁との協議により月額3万2000円ずつ分納することとしている。
※3
抗告人には、同居の家族として、専業主婦の妻と中学生から未就学児までの4人の子がいる。現在の家計の状況は、収入が給与(40万円台後半)のほか児童手当(1か月当たり合計5万円)、支出が概ね40万円台後半程度であり、その収支に余剰はほとんどない。
※4
申立人以外の援助を再生計画案の履行可能性の審査に際して考慮可能であることについての解説記事はこちら▶コラム:同居の親族による援助と再生計画案
3 最後に
以上、個人再生の申立てが棄却される場合について解説しました。個人再生一般については下記の関連記事をご参照ください。
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