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コラム:JR東海事件判決と神戸市認知症事故救済制度について

2024.01.01
1 はじめに

認知症の高齢者がJRの線路内に立ち入り死亡した事故で、遺族に対し、人件費や振替輸送費等に要した費用について損害賠償請求訴訟が提起されました。この訴訟で、第一審・第二審では、遺族の責任が認められたものの、最高裁で覆され、遺族の責任は否定されました。

JR東海事件判例を受け、神戸市では、「神戸市認知症の人にやさしいまちづくり条例」(以下、「本件条例」といいます。)が2018年4月1日に施行されました。本件条例の中で、「市は・・・認知症と診断された者による事故について・・・給付金の支援その他必要な施策を講ずるものとする」(本件条例8条1項)と定めました。現在、「給付金の支援その他必要な施策」は、いくつかありますが、今回は、①給付金制度、②賠償責任保険制度について解説します。

2 なぜ遺族は責任を負うのか

本件条例の解説の前に、認知症の人が原因となる事故について、遺族はなぜ責任を負うのでしょうか。故意又は過失により、他人に損害を与えた場合、加害者は、被害者に対して、不法行為責任(民法709条)を負います。もっとも、責任無能力者は、この不法行為責任を負いません(713条)。ただし、この場合には、その監督義務者が、その注意義務を怠った場合に、損害賠償責任を負うことがあります(民法714条1項)。責任無能力者の監督義務者は、典型的には配偶者や同居の家族、後見人が問題となります。

上記JR東海事件判例は、加害者(認知症患者)の妻は、配偶者であるとしても、直ちに責任無能力者を監督する法定の義務を負わないとしつつ、加害者の配偶者「責任無能力者を監督する法定の義務を負う者」に準ずべき者にあたるかにつき、次のように判断し、遺族の責任を否定しました。
「法定の監督義務者に該当しない者であっても責任無能力者との身分関係や日常生活における接触状況に照らし,第三者に対する加害行為の防止に向けてその者が当該責任無能力者の監督を現に行いその態様が単なる事実上の監督を超えているなどその監督義務を引き受けたとみるべき特段の事情が認められる場合には,衡平の見地から法定の監督義務を負う者と同視してその者に対し民法714条に基づく損害賠償責任を問うことができるとするのが相当であり,このような者については,法定の監督義務者に準ずべき者として,同条1項が類推適用」されるとしました。「その上で,ある者が,精神障害者に関し,このような法定の監督義務者に準ずべき者に当たるか否かは,その者自身の生活状況や心身の状況などとともに,精神障害者との親族関係の有無・濃淡,同居の有無その他の日常的な接触の程度,精神障害者の財産管理への関与の状況などその者と精神障害者との関わりの実情,精神障害者の心身の状況や日常生活における問題行動の有無・内容,これらに対応して行われている監護や介護の実態など諸般の事情を総合考慮して,その者が精神障害者を現に監督しているかあるいは監督することが可能かつ容易であるなど衡平の見地からその者に対し精神障害者の行為に係る責任を問うのが相当といえる客観的状況が認められるか否かという観点から判断すべきである」としました。

 

この事件では、遺族に責任は認められませんでしたが、当然ながら、責任が認められるケースもありえます。その場合、遺族は莫大な債務を負う可能性があります。他方で、裁判例のように遺族に責任が認められなかった場合、被害者の損害は補填されないことになります。そのため、認知症の方の行為によって発生した損害について、何らかの形で損害を補填する制度が必要であろうと考えられます。そこで、神戸モデルと呼ばれる事故救済制度が施行されることになりました。

3 給付金制度について

給付金制度は、認知症の方の行為が原因となって発生した人身傷害又は財物損壊を伴う損害、電車の運行不能による損害が発生した場合に、被害者又はその遺族に給付金を支給する制度です。この制度は、その認知症の方の賠償責任が認められるかにかかわらず、給付金が支給されます。被害者遺族の死亡時の遺族給付金・後遺障害給付金は、いずれも3000万円を上限とし、後遺障害についてはその等級に応じて支給されます(ただし、住所要件があります)。次の賠償責任保険制度における人身損害についての保険金の支払は、適用の可否の判断に時間を要すると予想されるため、給付金は迅速に支給されることが想定されています。

4 賠償責任保険制度について

賠償責任保険制度は、事前の保険加入を上限として、認知症の方の行為が原因となって発生した損害に対し、保険金を給付するものです。賠償責任保険制度の上限は2億円で、給付金とは異なり、認知症の方の賠償責任が認められることが要件です。賠償責任保険制度は、給付金制度と2階建の構造になっています。

5 さいごに

事故救済制度は、2018年4月1日に施行され、令和5年8月末時点で、給付金は13件、賠償責任保険の保険金は25件支給されました。公開されている支給実績には、①認知症の方がバランスを崩し、近くにいた被害者にもたれかかり、被害者が転倒して死亡した事例(給付金1267万円)や、②自宅のトイレを詰まらせた漏水事故(給付金169万1663円)等があります。支給実績をみると比較的軽微な事故でも支給対象となっています。
神戸市内で、認知症の診断を受けた家族がいる場合、賠償責任保険に加入することを検討すべきでしょう。また、認知症の診断を受けた家族により、第三者に損害が発生した場合には、給付金の受給を相談すべきでしょう。

参考

JR東海事件判例
・神戸市認知症の人にやさしいまちづくり推進委員会 2023年度第1回(2023年11月9日開催)「認知症神戸モデルの概要と実施状況について」

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