1 はじめに
婚約破棄による慰謝料請求が問題となる事案では、相手方はそもそも婚約は成立していなかったと主張することがあり、婚約の成否が争われることになります。
婚約とは、将来婚姻する旨の当事者間の合意をいいますが、これは様々な間接事実に基づき考慮されることになります。例えば、同居期間が長いこと、お互いの両親に結婚の挨拶をしたこと、周囲に結婚の報告をしたこと、結納をしたこと、婚約指輪を購入したことなどの諸事情を総合考慮して、判断されることになります。
そこで、以下では、婚約の成否が争われた裁判例をご紹介していきます。また、婚約破棄に関する諸問題についても併せて説明していきます。
2 婚約の成否が争われた裁判例
1 東京地判令和元年6月28日
婚約の成立を主張する側は、当時のLINEやメールのやりとりを証拠と提出することがあります。裁判例では、明確に具体的な婚姻を成立させる旨の合意があったことをうかがわせる言動があったと認めるに足りるやりとりであることが必要とされています。
この裁判例において、男性側が女性側に送ったメールは次のとおりでした。
「お前はもう【一人】じゃないんだから」
「一人じゃないんだぞ」
「お前だけの体ではないから」
「生まれ変わった,俺と初婚する?」
「東大行って俺とは結婚しないんだ」
裁判所は、これらのメールは「いずれも婚姻の予約の存在を明確に裏付けるものではなく、原告と被告との間で、明確に具体的な婚姻を成立させる旨の合意があったことをうかがわせる言動があったと認めるに足りない。」としました。
2 東京地判令和元年6月28日
婚約成立を主張する側はペアリングを購入したことを持ち出す場合がありますが、裁判例では、この事実をもって婚約成立とは判断していません。
この裁判例では、誕生日祝いを兼ねて原告と被告の名前(Y&X)が刻まれている指輪2個を1個約12万円で購入したという事案でした。
裁判所は、「婚約を前提としていない交際中の恋人同士間でも行われることであ」るとし、婚約の成立を否定しました。
3 東京地判平成28年11月14日
婚約成立を否定する側は、結納をしていないこと強く主張することがあります。もっとも、現在では、結納をしていないカップルも多数いるので、結納をしていないことが婚約を否定する決定打にはなりえません。
この裁判例でも、「結納品等のやり取りはされていないことについては、必ずしも結納品等の授受が必須とはいえない昨近の社会情勢に照らせば、これを重視することはできない。」とされています。
3 婚約破棄に関する裁判例
1 第三者に対する慰謝料請求
婚約破棄された側はその原因となった第三者に対し慰謝料を請求することがあります。裁判例では当該請求は認められない傾向にあります。
例えば、東京地判平成25年6月13日は次のとおり判示しています。
「婚約は、将来婚姻する旨の当事者間の合意であるところ、これによって、婚約当事者は、互いに誠意をもって交際し、婚姻を成立させるよう努力すべき義務を負い、その一環として互いに貞操義務をも負うものということができる。しかし、婚約当事者は婚姻すべき義務自体の履行が強制されることはなく、婚姻が成立するか否かは本来的に不確実であって、婚約当事者の地位はそのような不確実なものに対する期待権にすぎない。上記婚約当事者の貞操義務も、婚姻を成立させその後婚姻生活を継続させるという不確実な結果に向けられた義務の一環であるから、婚姻中の夫婦が互いに負う貞操義務と同等のものとはいえず、その内容を異にするというべきである。そうすると、第三者が婚約の成立を知りながらその一方当事者と性交渉をしたとしても、ただちに婚約の他方当事者に対する不法行為となるということはできず、他方当事者に対する特別の害意をもって婚約を破棄させることのみを目的としてこれを行ったとか、社会的相当性の範囲を逸脱した悪質な態様でこれを行ったというような場合でない限り、不法行為を構成しないというのが相当である」としています。
2 婚約と不動産購入費用
婚約者が二人で暮らす新居を購入したが、購入後に婚約破棄となった場合、慰謝料とともに不動産の取得費用を支払うことを求める場合がありますが、裁判例では否定されています。
神戸地方判平成14年10月22日は次のとおり判示しています。
「原告は、これらの支出により、その対価に相当するというべき本件不動産を取得しているのであって、原告は、本件不動産の購入後現在までその所有者であり、その登記名義を有していること、原告は本件不動産の購入後いつでもこれを利用できる状況で支配していること、本件婚約の破棄により本件不動産の財産的効用・価値の全部ないし一部が喪失するという関係にはないことにも鑑みると、原告に本件不動産の購入価格相当額ないしその手数料相当額の財産的損害が発生したと即断することはできない。そして、本件不動産について、本件婚約の解消により原告の当初の購入目的に従った用途が失われ、あるいはその購入後に時価の下落があったとしても、いまだ現実に具体的な損害が生じていない、あるいは具体的な損害額が不明であるといわざるを得ない。」