1 はじめに
被害車両の損傷状況などからして身体への衝撃の程度が強度ではなかったとし、自賠責が事故と症状との因果関係を否定し、裁判所もそれを踏襲する事例は多数あります。他方で、自賠責が、事故と症状との因果関係を否定したが、裁判所がそれを覆し、受傷を肯定した裁判例もあります。そこで以下では事故により受傷したのかが争われた裁判例を紹介していきます。
2 大阪地判令和3年2月19日
1 被告の主張
神経学的検査が事故当日以外に行われていないので原告は腰椎捻挫の傷害を負っていない(被告主張①)、本件事故により被告の一人は受傷していないことから、原告も同様に受傷していない(被告主張②)と主張しました。
2 裁判所の判断
まず、裁判所は、原告車両の損傷状況からして原告の身体に相応の外力が加わったこと、物理療法を継続的に施されているなどからして原告は相当程度の疼痛を自覚していたことを考慮し、原告は腰椎捻挫の傷害を負ったと認定しました。
「本件事故は車両同士の正面衝突事故であり、原告車にはボンネットとフロントフェンダの間に隙間が生じる程度の損傷が生じているところ(甲4)、原告車及び被告車の速度が比較的低速であったことを踏まえても、原告の身体には相応の外力が加わったはずである。このことを踏まえると、本件事故により原告が捻挫程度の傷害を負うことは何ら不自然ではない。そして、原告は、上記通院期間中、継続的に物理療法を施されているほか、鎮痛剤や湿布を定期的に処方されていて(乙2:3~7、9、11、14、16~19頁)、相当程度の疼痛を自覚していたと考えられ、以上によれば、原告は本件事故により腰椎捻挫の傷害を負ったと認めることができる。
その上で、被告主張①については「捻挫の病態は軟部組織(筋肉や靭帯)の損傷であり、神経学的な異常所見を当然に伴うものではないから、神経学的検査が事故当日以外に行われていないことをもって、原告が腰椎捻挫の傷害を負っていないとか、その症状が通院治療を必要としない程度に軽微であったということはでき」ないと排斥しました。
また、被告主張②については「被告・・に本件事故による身体的症状が一切生じなかったかどうかは本件の証拠上明らかではない上に、同一事故の当事者が当然に同程度の傷害を負うものではなく、衝突時に防御体勢をとったかどうかや身体的耐性によっても受傷の有無や程度が左右されるものであるから、本件事故により被告・・が受傷していないとしても、そのことから原告が受傷していないと認められるものではない。」としました。
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3 福岡地判令和3年5月17日
1 自賠責の判断
双方車両とも衝突に伴う車両の移動が認められないことや双方の車両に明らかな変形や凹損が認められないことから、原告らの身体に医療機関での治療を要する程度の外力が加わったとは直ちに認め難いこと等から、本件事故と原告らの治療との相当因果関係が認められず、事故後の治療について、自動車賠償責任保険(共済)の認定対象外と判断しました。
2 被告の主張
原告は本件事故から約1週間後に医療機関を受診したのは極めて不自然である旨を主張しました。
3 裁判所の判断
まず、裁判所は、原告主張の損傷が生じる程度の衝撃はあったと認定しました。
「本件事故の態様についてみると、原告が原告車を駐車中、被告車が後退してきて、被告車の後部と原告車の左側部が衝突したもので、原告車の左側部については、フロントフェンダーやフロントドアパネル等に損傷が生じており、被告車の後部についても修理はされていないが、損傷がなかったわけではないことからすると、衝突時に上記損傷が生じる程度の衝撃はあったものといえる。」
被告の主張については、「原告は、当時、生命保険外交員として勤務し、有給休暇を取得して整形外科医院を受診したことが認められるところ、仕事の都合で通院する時間を確保することができなかったことや被告側の保険会社からの連絡を待っていたこと等の事情により、約1週間後の受診になった旨を説明している。上記の症状の内容や程度を踏まえると、あり得ないことではな」いと排斥した上で、原告に生じた症状は本件事故時排斥撃により引き起こされたものと推認することができる、としました。
4 大阪地判令和3年7月9日
1 原告の主張
原告は本件事故によって頚椎椎間板ヘルニアを発症したと主張しました。なお、自賠責では事故と症状との因果関係は否定されていました。
2 裁判所の判断
「交通外傷によって椎間板ヘルニアを生じることがあり得ないとはいえないものの、本件事故は被告車両が原告車両の右サイドミラーに接触し、擦過痕を生じさせたもので、同ミラーが折損することもなかった事故であるから、本件事故によって原告車両や原告に加わった外力が軽微であったことは明らかであり、また、原告が回避動作(前記(1))を行ったとしても、そのことにより脊椎(椎体)が圧迫されて椎体間の椎間板が変性したなどとはおよそ考えられない。」とした上で、頚椎椎間板ヘルニアは既往症であることが明らかであるとしました。
5 さいたま地判令和4年3月15日
1 事実関係
①本件事故の直前、原告車両と被告車両は、第1車線において被告車両が前方、原告車両が後方という位置関係にあり、被告車両の前方が詰まっていたため両車とも停車状態にありました。
②原告車両の右サイドミラーは、ミラー本体部分を覆うカバーが先端部分でわずかに欠損し、前方に脱落しました。他方、ミラー本体部分には、カバーの欠損部分と概ね同一箇所に擦過痕が存在しているが、それ以上の損傷は見られませんでした。また、サイドミラーが、被告車両との接触により進行方向側に倒れたことはなく、ミラーの割れも発生していませんでした。他方、被告車両に車体の凹みは生じていませんでした。
2 裁判所の判断
「①本件事故時の被告車両の速度は低速度であったこと、②・・サイドミラーに掛かった力がそれほど大きなものであったとは考えられないこと、③被告車両と接触したことによる原告車両の衝撃は原告車両のサイドミラーのカバーが前方に脱落することにより吸収されて弱まり、車内の乗員に伝わる衝撃は少なくなると考えられること、④被告車両が原告車両の車体に接触していないことからすると、原告らの指摘する原告車両と被告車両との重量の差を考慮しても、本件事故により原告らの身体に傷害をもたらすような外力が加わったとは認め難い。」とし、事故と症状との因果関係を否定しました。
6 大阪高判令和3年9月14日
裁判所は、被害車両の損傷状況からして衝突は強度とはいえないとしました。
「上記見積書(甲2)から認められる控訴人車両の損傷状況は、後部バンパーの塗装が中心の総額6万4670円の修理を要するものにすぎず、衝突が強度のものであったと推認することはできない。」
また、被害者が事故当日に医療機関を受診しなかったことは事故による衝突の程度が軽微であったことを裏付けると判断しました。
「交通事故により痛みを伴う受傷があったのであれば、加害者の保険会社の対応に関わらず、とりあえずは自身で治療費を負担してでも医療機関による診察・治療を受けるのが通常の行動であり、控訴人らが当日治療を受けなかったことは、本件事故の衝突が軽微であったことを裏付ける事情というべきである。」
7 最後に
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